リモートワークが⽣む「⼼理的出不精」への処⽅箋 

新型コロナウイルスの流⾏以降、働き⽅のスタイルが⼤きく変わりました。特に、リモートワークに移⾏されている⽅も、少なくないのではと思います。出社の回数が制限されていたり、毎⽇⾃宅から仕事していたりする⽅の割合も、だいぶ増えているのが現状でしょう。WFH(Work From Home)は働き⽅の選択肢の1つとして、すっかり定着したと⾔えるのではないでしょうか。本記事では、リモートワークが⽣む変化の一つ「⼼理的出不精」を筆者の経験をもとにご紹介し、より良い在宅勤務の為の対策を考えます。 

「心理的出不精」とは 

さて、僕は、企業の組織開発やコミュニティ開発にかかわるかたわら、EQPIアナリストとして活動していて、のべ400⼈を越える⽅の感情知能指数や性質、ありようについてのフィードバックを⾏っています。20分ほどのWEB検査の結果をもとに1時間のフィードバックを⾏っているのですが、何⼈かの⽅がリピートして下さって、1年に⼀回程度のペースでフィードバックを受けています。そんなリピーターの⽅の結果を分析してみたところ、コロナ流⾏前と後とで、検査結果の傾向が変わった⽅が⼀定数いらっしゃることに気がつきました。コロナ前は、多動傾向が強く、フットワーク軽くさまざまな場所やコミュニティに出⼊りしていたのに、コロナ後の検査結果をみると、その多動性が薄れて、いわば「ちょっと出不精になってる」⽅がいるのです。 

そんな彼ら彼⼥らのEQPI®の検査結果をみると「実⾏」「フットワーク」「交流欲」「移動容易性」といった、多動傾向のある⽅が強く出やすいパラメーター数値が、著しく低下していました。まさに多動傾向の低下をあらわしているように⾒えます。分析結果としてお伝えしながら「ちょっと⼈と会ったり出かけたりするのがめんどくさくなっていませんか︖」と尋ねると「ああ、確かにそうですね。最近⼈と会うのも億劫で……」と答えられる⽅が少なからずいらっしゃるのです。 

そして同様の傾向は、1年前の僕⾃⾝にも実は当てはまっていました。僕はそんなかつての⾃⾝の状態を「⼼理的出不精」と呼んでいます。 

「⼼理的出不精」の影響 

そもそも僕が会社員だった頃は、ろくに事務所にもいかずに、客先を出歩いて得意先と話をしながら仕事を進めていたものですが、コロナ禍後の2020年4⽉に独⽴した後には、ほとんど⾃宅から仕事を完結していて、気がついたら丸⼀⽇⾃宅から⼀歩も出なかったという⽇も多くあります。重い腰は、⼀度座るとなかなか上がらないもの。その傾向は⽇に⽇に加速する⼀⽅でした。リモートワークが定着して仕事が効率的になったので、もちろん多⼤な恩恵を受けていたわけですが、⼀⽅で、⼀度楽をした分、いざ外に出て⼈と会おうとしたときに腰が重くなり、動きがすっかり鈍くなった⾃分にも気づかされました。便利な⼿段が⽣まれた分、楽な⽅に⾃分のスタイルをチューニングしてしまっていたわけです。 

しかし、⾃分の過去の仕事を振り返ってみると、⾃分がいるエリアからちょっとはみ出してみたり、⾃分から動くことで予想外のものに出会ったりする経験は、後々の仕事に⼤きな影響を数多く与えてきました(EQPIとの出会いも、まさに「はみ出したがゆえの出会い」に該当します)。「⼼理的出不精」を解消し、外に出て刺激を得ていくのは、⾃⾝の成⻑を促すために、とても⼤事なことなのです。 

「⼼理的出不精」の分析 

今僕は、1歳7ヶ⽉の息⼦と0歳6ヶ⽉の年⼦を育児しています。2⼈の⼦供にとって⼤事な時間が「お散歩」です。特に1歳の息⼦は、⾬が続いたりして外出がなかなか出来ない⽇があると、⾃分で靴を持ってきて騒ぎ出し「外へ⾏きたい︕」とアピールを繰り返します。いざ⾬が⽌んで、公園に連れ出し靴をはかせると、歩き始めたばかりの彼は喜び勇んで、あちらこちらと歩き回り、葉っぱを拾ったり、花壇の花をなでたり、⾃販機の蓋をあけたりしめたり、散歩する⽝を指さしたりして、たくさんの刺激を得ています。おそらく、その刺激の1つ1つが、彼の脳にいい信号を送り続けて、彼の感情や⼈格の形成につながっていくのでしょう。そんな⼩さな⼦供の様⼦をみて思うのは、⼈間には「外に出て刺激を得たい」という本能が、⽣まれつき備わっているということです。この根本は⼤⼈になっても変わらないのではないでしょうか。 

感情というエネルギー 

⼤事なのは「感情というエネルギー」を⽇々震わせることで、⾃⾝の思考や感性のアップデートを、⽇常的に促していくことです。新しいものを⾒聞きして、偶発的に様々な⼈や情報と出会っていくことは、僕たちの感情や思考にいい影響を及ぼし、つもりつもって⾃⾝の更なる成⻑を促してくれると思うのです。しかし、⼈間は、当たり前になった状況では感情が動かなくなる⽣き物です。例えば、誰か1⼈、⻑い付き合いの同僚の⽅を思い浮かべたときに「この⼈と話す時は、ほとんど何も考えずに惰性でコミュニケーションをとっていて、エネルギーを⼤して使っていないな」と思う⽅がいませんか︖ 

いい刺激と悪い刺激 

刺激には「いい刺激」も「悪い刺激」もあり、通常は「悪い刺激」を⼈は回避しようとします。そのため、特に関係が慣れ切っていて、頻繁に会う相⼿に対しては、本⾳でのコミュニケーションをあまりとらずに、感情のエネルギーを使わずに適度な距離感で接する傾向があるのです。⼀⽅で、初対⾯の⽅と会って話をするときには、誰しもが⽐較的⼤きなエネルギーを使うはずです。新しい⼈間関係においては、適度なストレスが発⽣し、脳に刺激が与えられ、感情を震わせながら相対することになるからです。 

感情のセンサー 

この現象と同様に、同じ場所で、似た⾷事をとり、限定された⼈間関係でだけ⽣きて⾏くと、どんどん世の中と接する際に発散されるエネルギーが減衰し、⽇常がどんどん惰性になっていきます。結果的に、感情のセンサーが鈍り、感情の発露の仕⽅を脳と⾝体が忘れていくのです。そして積み重ねで「外出がめんどくさい」という⼼理的出不精の意識はますます強化され、結果的に新しい刺激を得たいという活⼒がどんどん失われていくのです。逆に、違う場所に⾏き、はじめてのものを⾷べ、新しい⼈間関係を構築しようとすると、感情が震え、外に向かおうというエネルギーが増幅し、もっと新しい知識や経験がほしいと脳が⼼⾝に働きかけていくのです。しかし、違う場所に⾏ったり、新しい⼈間関係を築いたりしようにも、⼼を「⼼理的出不精」が⽀配していては、結局重い腰は上がりません。この厄介な状況を、どうやって改善したらいいでしょうか。 

「心理的出不精」の処方箋 

僕なりの答えは「⽣活の導線を意識しながら外に出る習慣⾏動をつくる」ことです。 

僕の場合、⼼理的出不精が解消をはじめたきっかけは、1歳7ヶ月の息⼦の保育園への送り迎え の機会でした。息⼦が今年の4⽉に保育園に通い始めて、朝⼣と、往復20分あまり外を歩くことになり、仕事についてちょっと考えたり、気分転換したりする時間として活⽤ができるようになりました。徐々に、ただ往復するのではなく、ちょっと寄り道をして考え事をしたり、⾳声アプリを使ってPodcastのネタを考えて収録するようになったりしました。今では「送り迎えをしないと物⾜りない」という状況になっています。その積み重ねで、徐々に都⼼にでて打合せをしたり、ネットワーキングをしたりする機会を求めるように変化していきました。 

⽝を飼っている⽅がいる場合は、散歩に連れていくことで同様の効果が得られるでしょう。ペットや⼦供がいない⽅でも、例えば、特に買うものがなくても、毎⽇⼣⽅に近所のスーパーマーケットに⾏くことに決めることで外に出ることをルーティーンにするという解決策も考えられます。 

まとめ 

ちょっとした外出をできるだけ毎⽇⼊れるだけでも、感情がリフレッシュされて「⼼理的出不精」は徐々に和らいできます。原稿を書いているのは10⽉。ちょうど散歩が気持ちいい季節です。リモートワークのスキマ時間にちょっとした外出の習慣⾏動を実践して、⾃分の⼼と⾝体にいい刺激を送ってみてはいかがでしょうか。 


富⼠通を経て、2008年からニフティが運営する(当時)イベントハウス型飲⾷店「東京カ ルチャーカルチャー」のイベントコーディネーター就任。年間200本以上のイベント運営に 携わる。2013〜2016年、サンフランシスコに駐在し新規事業開発に従事。帰国後、伊藤園、コクヨ、オムロンヘルスケア、サントリー、東急などと数多くのコミュニティイベントをプロデュース。2020年春に独⽴し、ギルド制のチーム「Potage」を⽴ち上げ、コミュニティ・アクセラレーターとしてイベント企画、企業のコミュニケーションデザイン、⼈材育成などを⼿掛ける。 

この記事を書いた人

特別編集員 Potage 代表取締役 河原梓