落ちこぼれコミュニケーターがEQ開発してみた。
これは、とあるコールセンターの職場で起きた本当の話である。
コールセンターは向いてない!
『あ…少々お待ちください。えーっと。。』
慣れないPCと管理システムを必死で動かし調べようとするが、欲しい情報に全くたどりつけずに焦る。
お客様をお待たせできないし、先輩社員に助けを求めたい。
でもあたりを見回しても、助けを求められそうな先輩社員はほかの電話の対応中のようだ。
お客様からのお叱り
『とろいんだよ!お前!』
電話越しにいら立った声が伝わり、(気にしない、気にしない)と心の中で唱えても、目にじわっと涙が浮かぶ。モニターが霞んで見える。
『申し訳ございません。これ以上いただいたお電話でお待たせしてしまうのも申し訳ございませんので、より詳しいものから折り返しご連絡をさせていただいてもよろしいでしょうか』
気丈に振る舞いつつも鼻声でそう伝え、電話を切った。
目を真っ赤にしている私に気づき、先輩社員が『どうした!?』と声をかける。
上手く対応ができなかったみじめさと、先輩社員に迷惑をかけてしまう申し訳なさと、電話の向こうのお客様に人格否定された悲しさと。この仕事を始めて半年。コールセンターの仕事は向いていないと改めて思った。
コールセンターの仕事
お客様窓口にはいろいろなリクエスト電話(クレームともいう)がかかってくる。電話をかけてくるほとんどの方に困りごとがあるため、最初からネガティブな気持ちを持っている。そこで対応がもたついたり、うまく解決ができないと火に油を注いでしまうのがコールセンターの仕事。日々ネガティブな気持ちに向き合って対応するのはメンタルが強くないとできない。実際に周りを見ても他の部署に比べて離職率が高い。そんな中でも、轟々と燃え盛る怒りの炎を嘘のように鎮火してしまう、その先にお客様から指名で連絡をもらい、感謝の口コミをもらう社員もいる。
『コールセンターの仕事は向いていない』
自分の対応や反応を振り返って、改めてそう思うけれど、向いている人に一歩近づく方法はないだろうか。
コールセンターで長く続く人は?
私はまず、先輩社員のTさんに聞いてみた。Tさんは、入社3か月でコールセンターSVのポジションを任され、非常に頼れる存在。感情の波がなく淡々と業務をこなしている印象だ。
長く続くのはどんな人?
『コールセンターの部署、辞めてしまう人が多い気がするのですが、どんな方が続くのでしょう?』『うーん。割り切れる人と、さらにクレームを産まない丁寧な対応をしている人かな』
たしかに。私の先ほどの例でいうと、
①『とろいんだよ、お前』といわれても受け流せる人。
割り切れるというか、気にしないというか。スルースキルが高い人。
②もしくは、とろいと言わせない対応ができる人。
調べるのが早いか、調べるのに時間がかかるとわかったら早めに折り返しの対応にできる人。
…なのだろう。『コールセンターの仕事は感情労働だからね。あまり思いつめないように。何かあったら言ってよ。』とTさんが言っていた。
『感情労働』
罵詈雑言が飛んできても、ひらりとスルーする事と、相手を怒らせない事は全く違うスキルに思えるが、どちらも感情に紐づいている。
EQとの出会い
そんなとき、メールの受信箱に飛び込んできた、とある外資系の研修会社からのDMが目に留まる。
『EQ(こころの知能指数)感じる力の磨き方』
EQとは、こころの知能指数や感情能力といわれ、感情を上手に利用して管理できる能力のことらしい。感情労働に従事する私にとっては、学びたい内容だ。そして調べてみると、以下のように書いてある。
『ビジネス社会で成功する方は、ほぼ例外なくEQに長けている』
そんなきっかけでEQに興味を持ち、少し勉強をしてみることにしたのだ。
EQとIQの違い
EQを知りたいときに、まず議論になるのがIQとの違い。
IQ(知能指数)は、学歴や学力テストの結果などで測ることができる思考する力。頭の良さや成績の良さなのでわかりやすい。能力には生まれつきの要素も大きく、IQは訓練によって飛躍的に高めることは難しいとされている。
一方EQ(こころの知能指数)は感じる力。自分の感情をうまくコントロールし、他人の感情を感じ取る能力だ。仕事や人間関係において「感情をうまく管理し、利用する能力」は非常に大切で、EQ理論提唱者のピーター・サロベイ教授とジョン・メイヤー教授によると「ビジネスの成功には、20%のIQと80%のEQが必要である」という。また、IQと異なり、EQは日々の努力と適切なトレーニングによって伸ばすことができる。
EQは開発できる能力
EQの説明を聞いて希望が持てたのは、開発できる能力だという事だ。頭の良さや性格はすぐに変えることはできなくても、EQを発揮することで、自分の性格に足りないところをカバーでき、苦手な人とも2時間だけ仲良くできる方法があるという。自分の性格を変えることなく、必要な時にシチュエーションに応じた自分や相手の気持ちのマネジメントができたら今の仕事がレベルアップするのではないかと手ごたえを感じた。
コールセンターでEQを発揮!
EQを学んでみての一番大きな学びは、相手の気持ちを理解する以前に自分の気持ちを理解することが大切だということ。
コールセンターのコミュニケーターとして、お客様の気持ちを考えなければ…という視点に立ちがちだが、感情労働といわれるコールセンターの仕事だからこそ、自身の気持ちを見つめ、整えることが反応的にならないコツだと気が付いた。
EQマネジメント力の4構成として、『自分理解』『他者理解』『自分活用』『関係構築』がある。
『自分理解』
意識的に自分の気持ちを感じて受け容れ、感じ方や捉え方の癖を知り、その気持ちに至った原因を考える。
例えば、コミュニケーターとして電話に出る時やお客様との会話の中で、自分自身が不安に思っているのだとまず知る。高圧的な相手と話すときにより不安になりやすい。なぜならば、少しでも気に障る対応をすると怒らせてしまいそうだから。
『他者理解』
意識的に相手や場の気持ちを感じて共感し、相手の感じ方の癖を知り、その気持ちに至った原因を考える。
例えば、お客様の今の状況からどんな気持ちでいるのかを感じ取り分析してみる。きっと焦りと怒りの入り乱れた気持ちでいるのだろう。急いで解約の手続きをしなければならないのに規定上は予告期間を過ぎていて、思い通りにならないのではないかと焦っているのではないか。主張を通したいから高圧的になってしまうのではないか。
『自分活用』
感情をコントロールして必要な気持ちをつくり行動し、周囲の反応やフィードバックを得て行動を改善する。
例えば、不安な気持ちを受け入れ、落ち着いた心の状態や肯定的な気持ちを意図的に作り出す。気分を落ち着かせたいときは好きな香りをハンカチにスプレーしておいたものを嗅ぐなどして、リラックスや気分の上がるルーティーンを作ってみる。お客様の反応も良く観察してみる。
『関係構築』
相手の求めている気持ちに先回りして、相手や場に働きかけ、関係を構築する。
例えば、まずは自分から心を開き精一杯力になりたいことや、お客様の状況に共感していることを伝える。どのくらい急いでいるか、何がしてほしいかなど、お客様が求めている気持ちに応えるための問いかけをする。
「できる限りご希望に沿いたいので少しだけ交渉にお時間をいただいても良いでしょうか」など気持ちに積極的に働きかけ、動機づける。
EQの効果
4つの構成を意識して対応するようになってから、コールセンターのお仕事も少しずつ楽しめるようになってきた。
この4つの構成の中に、3つずつ、合計12の発揮行動というものがあり、自分はどこの発揮ができていないのかを知った上でトレーニングをしていくと効果的だった。EQの知識と日々のトレーニングが功を奏して、少しずつコールセンターのコミュニケーターとして強みを発揮できるようになってきた。業務自体に慣れてきたこともあって、『とろい』といわれることもなくなったし、どちらかというとお客様はどんな気持ちなのだろう?どういう人だろう?に興味が行って、理不尽な言葉も気にならなくなってきた。
振り返り
Tさんのいう『割り切れる人』というのは、きっと『自分理解』をした上で『自分活用』ができており、その時に必要な気持ちを創ることができているのだろう。また、同じくTさんのいう『丁寧でクレームの来ない対応ができる人』は、『他者理解』が深くお客様がどんな気持ちか察することができるから『関係構築』ができるのだろう。
『コールセンターは向いていない』
そう思っていた私も、開発可能なEQの存在を知ったことで、コールセンターで長く続く人に少し近づけた気がする。
おまけ:私が実践した工夫
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少し具体的にEQのトレーニングを兼ねて私が実践していたことをいくつか挙げてみます。
・デスクに鏡を置いて自分の表情をチェック、鏡の中の自分と目が合うときに『今の気持ちは?』と問いかける。
・可能な範囲でお客様のことを調べて、リクエストの背景を想像し、記録に残す。お仕事終わりでお疲れなのか。通勤か在宅勤務か。何時頃寝て何時頃起きる方か。いざというときに気の利いた一言が言えたり、ちょうど良いタイミングで電話をかけられるようになる。
・何度も同じお客様のご対応をすることがある場合は、記録にお怒りになったポイント、笑った瞬間などを残しておく。
・何とか力になりたい!と思いながら話す。
・一段落したら、深呼吸をしたり、空を見上げたりして、気持ちをリセットする。
コールセンターで働く皆様にとって、心ある日々となりますように。